諏訪大社
-諏訪の神物語、そして軍神・狩猟神が降臨鎮座する神殿 -
夏樹良写真展
諏訪大社は
伊勢神宮とともに、私にとって、我が国の神仏という時の
神というものの存在を深く考えさせる
そして
諏訪においては
縄文から弥生に入っても
縄文が現存し
更に
仏教が興り
狩猟が禁じられ
農耕が強制されても尚
狩猟生活、文化が存在し続けた
失われた世界を求めて
という意味でも
諏訪に私は男の浪漫を見ずにはいられない
第一章
諏訪の神物語
そうだな
まず
諏訪に纏わる
神物語から話そう.....
諏訪とタケミナカタの関係は、『古事記』には大国主の子のタケミナカタは、国譲りの際、タケミカズチと争い、敗れて、諏訪の海まで追われ、そこでこの地をでないことを約束し、和睦するというような記述がある。また、『信濃国日向社伝記』には、大国主がタケミナカタに科野国の平定を命じたという異伝があり、『日本書紀異見聞』には、山王の三男である諏訪大明神は日本を我がものにしようとして軍を起こすが、天照大御神に打ち負かされ、降参後に信濃国に鎮座することを約束すると書かれている。
このように、『古事記』『旧事本記』等では、征服される神として描かれるタケミナカタは、諏訪地方に伝わる伝承では、現地の神々を征服する神として登場するのである。
平安期の『梁塵秘抄』には、「関より東の軍神、鹿島、香取、諏訪の宮」とあり、中世以降になると諏訪社の社家の武士化とともに諏訪明神は軍神として信仰されるようになるのである。そして、三韓征伐、蝦夷征討、元寇の際の神風等、その武功を語る説話も広まったのである。
第二章
鹿食免
諏訪大社上社本宮には、『鹿食免』という札がある。鹿を食うことを免ずる免罪符である。諏訪においては、古い縄文のラインと新しい弥生のラインが同時に存在し、融合するということでなく共存していたのであろう。
いや、そうではない。農耕文化が起こり、弥生時代に入っても、太古の諏訪は湖の水位が高く、一握りの北部の平地を除いては、稲作に適さず、狩猟が基礎文化であり、鹿、猪、兎・・・を日常的に食べていた(当時、日本全国いたるところで、そういうエリアはあったと思う)。つまり、弥生時代の中に、失われゆく世界、縄文が現実として継続的に存在していたということである。
やがて農耕の普及、強制につれて、狩猟は禁じられ、次第に儀式化されていき、さらに仏教の普及により動物の殺生や肉食を嫌うようになっても、失われた世界、諏訪には狩猟生活が現存し、建御名方(タケミナカタ)=狩猟を司る狩猟神としての諏訪明神は、肉食を許す神としての信仰を集めるようになっていったのである。
鎌倉時代に入って、神事以外の鷹狩の禁止令が出ても、順守されることなく、諸国の武士は諏訪神社を崇め、鷹狩を行った。また山間において、穀物を作り食することができない人々に、上社の諏訪神人がこの『鹿食免』と『鹿食箸』を諸国を巡って配ったという経緯がある。
猟師の唱文となった諏訪の勧文の偈に曰く、『業尽有情 雖放不生 故宿人身 同証仏果』上社、春の神事の大御立座神事(御頭祭)では、鹿、猪、兎・・が神饌として献じられ、それを参加者一同がいただく饗膳式があったとい う。
第三章
御柱
御柱祭は、日本三大奇祭のひとつである。山から樅の木の大木を切り出して曳行し、上社本宮・前宮、下社秋宮・春宮の社殿の四方に建てて神木とする勇壮な祭りである。古くから我が国には、年輪を重ねた巨木には、神が宿るというような信仰があったと思う。諏訪においても天高く伸びる巨木には神が降りるという説がある。
大木を切り出して曳行しと簡単に言ってしまったが、正確には7年に一度の御柱祭において、まず切り出した樅の木を祀って、木落坂を引いて落として、そして曳行するということである。
坂の上から木落坂を見下ろすと、ここから木に乗って、さらにそれを引いて大木を引きずるというより落とすのに近い行事は、清水の舞台から飛び降りるのに等しい、なんとも危険でそら恐ろしいことと思われるのである。
土地では男気を示す、競うような行事になっているが、何故そんなこと、高い急勾配の坂を御柱に人が乗り、人が引いて引き落とすようなことをするのだろうかとひとしきり考えた。いったいその儀式にどういう意味があるのだろうかと。そうすると、ひとつの考えが頭に浮かんだのである。神がこの地上に降臨するということは、このような急勾配を降りてくることにほかならない。その神の降臨を人が出迎え、お供する行為なのではないかと。神を天からお連れする。つまり、この木落坂の儀式は、人が神を降臨させる儀式なのではないか。
社殿の四方に建てる御柱は、神が降りる神木によって、社殿に結界を形成し、聖域とする目的かと思われるとともに、神と繋がる巨大な自然木のアンテナであるとも思うのだ。その御柱が、キリスト教におけるX'masの樅の木と同じであるというのは、樅の木は丈夫で強くて、枝を周囲に伸ばしつつ真っすぐに天高く伸びる木であるゆえ、互いに無意識の一致をするのだと思うが、神の世界を理解するうえで一つの大きな鍵になるような気が私はするのである。
それからもうひとつの仮説が考えられる。神話によると、タケミナカタは諏訪の地を出ないことを約束させられる。諏訪の人々がその神話にのっとり、軍神、狩猟神であるタケミナカタを諏訪の地の神殿に閉じ込めるための結界という逆の説は考えられないだろうか?

第四章
神仏習合と神仏分離
仏教が興り、神仏習合の本地垂迹説、つまり、日本の八百万の神は、様々な仏が化身として現れたものであるという説のもとでは、上社の男神は普賢菩薩、下社の女神は千手観音とされていた。上社本宮には別当寺が建てられたりしたが、明治の神仏分離で、上社、下社の寺院は取り壊され、破壊されなかった仏像、仏具は他の寺院に移された。
all photos by Ryo Natsuki
神仏習合という考え方は理解できるが
古より我が国に現れ
原始信仰ととして
自然信仰として
既に
存在していた神に
神話があてがわれて
意味の上で形象化した神に
さらに
仏教思想を当てはめて
二重に形象化していくというのは
そぐわないと思うのだ
それゆえ
神仏分離が唱えられると
諏訪大社の仏は
取り除かれていく
神は
我が国の
原始、自然信仰から現れ
仏は
いわば
輸入物ではあるが
その世界の在り方を
人の智慧により
論理的に
体系化し洗練させていき
顕れた
諏訪には
今でも
古より
狩猟神、軍神
が
降臨し
鎮座している
R.
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